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月を見上げている ~丸山茂樹~

  • 投稿者:
  • NISORO事務局
  • 2011年03月20日


3月11日に発生した東日本大震災。
被害を受けられました皆様に心からお見舞い申し上げます。
一日も早く元気を取り戻すよう、お祈り申し上げます。


もう、震災から1週間が過ぎました。
地震発生の時、大阪でライブがありました。
そして、その後名古屋ライブがあり、東京へ戻りました。
家の中は意外とめちゃくちゃにはなっていたのですが、
特に問題もなく、東北の親戚や知人も今では連絡もとれ、無事を確認できています。

この1週間、ツイッターでは言葉を発していましたが、日記やその他で伝える力がなくなっていました。
やっと今、こうやって言葉にできるかなと思い、綴っています。


阪神淡路大震災の時、僕は小学6年生でした。
神戸市北区に住んでいたこともあり、家の前の道路には亀裂が入ったりとはあれども、大きな被害ではありませんでした。
でもその時に見た情景は、忘れられません。
山から見る火災の恐怖、子どもながらに父親と被害の大きな被災地に向かい救助活動を手伝ったこと、その後も続いた震災の影響で起

こる様々な困難。
今回の震災で、いろんなことを思い出しました。
記憶の片隅で眠っていた風景が、心の中で叫んでいます。

被災地で人々に元気をくれた多くの活動の中で、「音楽」という存在。
今思うと、小さな公園でおっちゃんがギター片手に歌い続けていたことを思い出す。
その時、誰もが笑顔だった。
僕は子どもの頃、音楽に興味がなかったからか何も感じていなかったのだが、そこにいた人々の笑顔は思い出せる。
そして今、自分が「音楽」の仕事に携わり、人々に伝えることができている。
この1週間、何も考えられないぐらい頭の中がぐるぐると回っていたが、ライブを届けることはやめられなかった。

今回の震災も神戸の震災も、なぜか大きな被害を受けずにすんでいる。
幸せなことなのだが、それも辛い・苦しいと感じてしまうぐらい客観的。
そんな気持ちがライブを届けるという形になって初めて救われていることに気づく。

大阪、名古屋、東京と、3本のライブはすべて生音で届けることができました。
その時、本当に「音楽」の力って素晴らしいんだと改めて実感しました。

ずっと歌い続けてきた阪神淡路大震災の時に生まれた『満月の夕』、
今年で曲が生まれて50年という歳月が迎える名曲『上を向いて歩こう』、
そして自分が今まで紡いできた楽曲たち・・・

「音楽」って、その時その時に必要な形で存在するものだと感じる。
ただメッセージを伝えているわけでもなく、ただメロディを楽器で奏でているだけでもなく、
今この「音楽」を必要としている人がいるから、
曲が生まれ、奏でる人がいて、歌う人が伝えている。

僕は、微力ながらでも、この「音楽」で誰かのためになりたい。
安易な言葉かもしれないが、
自分がこの活動を続けてこれたからこそ、こう伝えたい。
そして、「音楽」に限らず、自分にとって続けてきたからこそ確信を持てる、
希望や輝きのある活動・行動などを、
アーティストや様々な分野の職業の方が実行し、誰かのためになってほしい。

僕が「そら祭り」や自分の活動で届けてきたメッセージでもあるからこそ、
今まで僕が関わってきた人達と今できることから伝えていきたい。


具体的に何ができるかはまだわからない。
まずは、自分のできることからしっかりと届けていく。
元気な人が元気のない人を勇気づける。
それだけなんです。

僕は、歌います。
そして、自分の関わっている人達と何ができるかを考えていきます。
震災が起きたからとかではなく、今生きているからこそ考え続けるべきことなんです。

神戸の街は復興しました。
それは、日本中の人々が諦めず、励まし、助け合い、踏ん張り続けたからです。
だから、がんばりましょう。

でも、忘れないでほしい。
震災が起きた事、震災後の人々の混乱、そして復興に向けての希望・・・
一つでも忘れてしまうと、また同じことを人は繰り返す。

ツイッターやNEWSで情報が入ってくるときは、心が不安定になってしまう。
でも情報が入ってこなくなると、まだまだ問題は山積みなのに、どこか安心してしまう。
人間ってそういう生き物なのかなって思ってしまう。

今日みたいに、
地球に接近した月を見て、節電で暗くなった街の中、その輝きに感動している。
また街が明るくなると、月を見上げることもなくなる。

でも、そうやって月の輝きに感動できる心があるのなら、大丈夫。
悲しみを乗り越えられる力が残っている。
だから、悲しかったことを忘れずに喜びにしよう。
嬉しかったことを忘れずに喜びを分け与えよう。
光と闇はいつも同じバランスであるのなら、苦しみを忘れず喜びがくることを信じましょう。


原発のことや経済のこと、もちろん被災地の復興のこと、考えるべきことがたくさんあるけど、
まずは、呼吸をしている自分が直面している今をどう生きるか。
もちろん傲慢にならず、自分を信じぬく中で・・・。

分からなくなったら、月を見上げて、朝日に感謝して、必要な食事をとり、人を憎んでもその後に愛せばいい。

悲しみは避けられません。
今回の震災も神戸の震災もスマトラの震災も、他の災害もすべて起こってしまっていることです。
しかし、その悲しみから何かを学び、進んでいくことが僕らには必要です。
その乗り越えた先にまた悲しみが待っているかもしれないし、繰り返すかもしれない。
それでも、今起こっている悲しみには背を向けず、今からを生きる僕らで立ち向かっていきましょう。


長々と乱筆になってしまいました。
ちょっとずつ言葉にすることも、復活させます。


来週には、大切な神戸ワンマンライブがあります。
僕は、そこで歌います。
いつもと同じように伝えます。
7年間も続けているチキンジョージでの「蒼い月のみちで」。
弦楽四重奏とバンドNISOROでのライブ。
たくさんの人に今しかない思いを届けたいです。

チャリティではないですが、
東京に住んでいるものとして、
代表して救援物資と義援金を募りたいと思います。
お気持ち持ってきていただけると嬉しいです。
責任を持って、届けます!

詳細は、こちら。

http://p.tl/oOZB


 
最後に、
5年前の1月17日、阪神淡路大震災のことを綴った日記の一部をそのまま書き記しておきます。


死にゆくこともひとつの出会いだと思います。たとえ災害で、苦しいわかれだとしても、立ち直れないわかれだとしても、また出会えていけるここにある自分の存在をつかって、どこまで自分のために人のために生きていけるかを考える。それが、わかれていったもの達との再会になるのならば、「ありがとう」とひとつ空に声をかけてあげればよい。悲しみや苦しみを悲しみや苦しみだけで塞ぎこんでしまっていては、いつまでも悲惨な震災があったという事実だけで終わってしまいます。それをどれだけ伝えて、人を思い、自然を再認識し、自分を成長させていくことが、体験した人の、被害にあった人の、考える人の見つめるところなんだろうなと思います。
「取り戻す」という人々の心には何が必要なんだろうかと考えました。出会いなのか別れなのか言葉なのか夢なのか・・・。あたりまえの家やあったかいごはん、人の笑顔が一番だなと思います。だれのためでもないその世界の瞬間。それが「好き」だから、人はまた感謝できる。悲しみの数だけ感謝もあると思います。それを伝えていきたい。

11年前の今日という日を語り継いでいくことが、また今日という大切な毎日が続いていくことになりますように・・・。そして、生命をもつすべての人々がその語り継げることができる自分の存在に感謝して、生きていけますように・・・。

 

 

 

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