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生と死が共存する奇妙なピラミッド

  • 投稿者:
  • NISORO事務局
  • 2010年10月22日

 ペルーで発掘中のモチェ文化のピラミッドから、生贄として捧げられたと見られる女性5人分の人骨が発見された。ただし今回の注目点は、同じピラミッドで確認された人の生活痕の方にある。

生と死が共存する奇妙なピラミッド


発掘チームを率いるカナダ、トロント大学の考古学者エドワード・スウェンソン氏はこう述べる。「普通、ピラミッドは死者の埋葬用に造営される。炊事を行うような生活の場ではないはずだ」。

 ところが、現在ペルーのワカ・コロラダ(Huaca Colorada)遺跡で発掘が進む1400年前のピラミッドは違うようだ。同地の銅生産と加工に携わる数十人のエリートが暮らしていたらしい。

 発掘チームによると、居住者たちはそこで重要な儀式を主宰し、リャマやテンジクネズミのロースト肉、トウモロコシのビールなどを口にしていた可能性があるという。

 生活痕として、水やビールの大型容器を保管していた日干しレンガ作りの収容スペースが19カ所見つかった。リャマ、イヌ、テンジクネズミ、魚の骨、コカの葉や赤唐辛子の名残も発見されている。

 紀元100~800年にペルー北海岸の乾燥地帯で栄えたモチェ文化は、支配体制の異なる複数の農業社会で構成されていた。ただし信仰する宗教は同じで、灌漑システム、精巧な陶芸、冶金に関する技術も共有していたようだ。

 問題のワカ・コロラダは紀元500~800年のモチェ文化後期に栄えた遺跡で、ランバイエケ地域のヘケテペケ川流域南部に位置している。2009年8月、スウェンソン氏らのチームが約24ヘクタールの遺跡で細長い古墳の発掘を開始した。

 日干しレンガ作りのピラミッドと居住スペースは、作業の開始後わずか1か月で発掘された。その後の調査で、頂上部の平らな壇で行われた生贄の証拠も見つかったという。犠牲者は5人の若い女性で、四肢などが切り離されていた。すべてに儀式として焼かれた痕跡があり、1体の首にはロープも巻き付いていた。

 ピラミッドは幅約390メートル、奥行き約140メートルもあり、ワカ・コロラダ遺跡でひときわ大きな構造物だ。

 ワカ・コロラダ遺跡のピラミッドは、銅細工職人のエリート集団が居住していた可能性がある。例えばピラミッドの下層には銅製の道具や装飾品の生産設備があり、ナイフや「へら」などの銅製品も残っていた。

 チームの共同責任者であるケンタッキー大学の考古学者ジョン・ワーナー氏はこう話す。「銅製品の加工現場は極めて不衛生だ。銅を溶かすために1000度前後の火力が必要だが、ピラミッドは常に汚れた煙に包まれていただろう。エリートたちがそんな所に暮らしていたなんて、非常に興味深い話だ」。

 一方でトロント大学のスウェンソン氏は、「彼らが高い地位に就けたのは、銅加工の技術があったからこそかもしれない。モチェ文化の冶金技術は経済効果だけでなく、宗教や文化面での価値も高かった。特定の宗教儀式と不可分の関係にあった可能性が高い」と推測する。

 ワカ・コロラダ遺跡は当初、その不自然な構造に関心が集まった。宗教遺跡にありがちな複雑な構造が見られず、きらびやかな政治の中心地や素朴な農業都市にも見えなかったからだ。「権力者が暮らしていたと思われるが、政治家や宗教家ではなかったようだ」とスウェンソン氏は指摘する。

 壁画にも特殊な趣が見られる。モチェ文化で一般的なヘビや戦士などの図柄が見られるが、他の遺跡と比べて格式張らず、ほとんど落書きのようだという。「あくまで1つの可能性だが、卓越した冶金技術を持つ彼らは強力な支配を受けず、ある程度は独立した存在だったのかもしれない」とスウェンソン氏は語っている。

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