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どん底が生んだ団結力 “大バクチ”も機能

  • 投稿者:
  • NISORO事務局
  • 2010年06月30日

W杯・喜ぶ本田=日本代表戦いの軌跡
PK戦の末敗れ、肩を落とす本田圭佑=現地29日、南ア・プレトリアのロフタス・バースフェルド競技場 (撮影:財満朝則)(写真:産経新聞)


「悔いは残っていない。選手は素晴らしく、日本人の誇りとアジア代表の誇りを持って最後まで戦ってくれた。正直、これでW杯が終わるのは寂しい気持ちでいっぱい」

 “8強の壁”は破れなかったが、ホームではなく、日本から遠く離れた南アフリカの地で2勝を挙げ、1次リーグを突破したこと自体が快挙。大会を通じて緊張感に包まれていた岡田武史監督は、ほっとしたような、悔しそうな複雑な表情をのぞかせた。

 戦前の期待度は過去のW杯代表の中でも最も低かった岡田ジャパン。ここまで躍進させたのは「団結力」に他ならない。

 5月下旬から6月上旬にかけて、チームはどん底にいた。華々しく、船出を飾るはずだった5月24日の壮行試合(埼玉スタジアム)。ライバル、韓国に0−2と完敗すると、岡田監督批判の大合唱となった。事前合宿地のスイス、オーストリアでも連敗続きだった。

 ここに至って、岡田監督は方針転換に出た。速いパスをつなぐ理想のサッカーを捨て、強化試合で結果が出なかった中村俊らこれまでの主力を外した。阿部を守備的MFに置き、徹底して守った上でカウンター攻撃を仕掛けるなどの守備的な戦術にシフトした。

 “点取り屋”としてよりも、中盤でチャンスメーカー的役割が多かった本田を1トップに置く布陣は、初戦のカメルーン戦(14日)の4日前に初めて実戦で試すなど、かなりの“大バクチ”だったが、これが見事に機能した。

 どん底のころ、選手たちは何度も話し合いを持った。試合前、肩を組み合い、団結した。選手たちは自分たちで考え、行動するようになった。ベンチスタートとなった中村俊だが、実は他の選手たちに、相手選手の特徴を伝えるなどの“アシスト”をしている。パラグアイ戦後、本田は「批判する人がいなかったら、ここまで来られたか分からない」と打ち明けた。前評判の低いことが選手の“反発力”となり、エネルギーになった。

 岡田監督は19日のオランダ戦前、次のように語っている。「われわれは1人1人の力は小さいかもしれないが、1たす1を3にするようなチーム」だと。

 パラグアイ戦後、海外メディアの反応の中には「凡庸な試合」との厳しい声も目立った。ただ、「技術では劣るが精神的に勝る」「規律ある守備」など、欧州や南米型のサッカーとは違う、日本のサッカーの良さを見いだす意見も少なくなかった。

 「世界に日本のサッカーを見せられたと思う」。今となっては、松井大輔の言葉は大げさではない。南アW杯は、ほとんど相手にされてこなかった日本が見直されるきっかけになった。

 29日、W杯決勝トーナメント1回戦でパラグアイに0−0のまま、PK戦で3−5で破れた。史上初の8強の夢は次回以降に持ち越されたが、世界を驚かせる活躍を見せたのも事実。健闘したチームの足跡を追った。

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